2006年1月9日の徒然な日々
「看取り トリロジー Episode1」



2006年1/9-15:55(逝く?逝こーゴーゴー!)

この4ヶ月、末期癌による転移骨腫瘍(原発不明癌)の痛みとの闘い。あっという間の日々だった。

あれから年末、九州男児だった父が、この土地に降り立つきっかけとなった

「日光連山」が一望できるスバラシイ環境のホスピスにうつり、10日間を過ごした。


たくさんたくさん、泣いたりもしたけれど
一日
一日
が、
「生」と「死」を見つめる
ただただそのまんま。
そのことを感じる深い深い時間を父が与えてくれた。


死に向かう恐怖や孤独も、私に全部見せてくれた。

生前からこんな事(体が動かなくなったら)になった日にゃー延命はするな、と言っていたが、
いざ、そうなった時、やはり自ら管をはずし拒否し、
目の前でどんどん枯れ木のようになっていく父が、いつでも、ユーモアを忘れなかった事が救いだったし、
その姿はホントウに美しかったし、即身成仏そのものであった。


眠りに入る前日の夜明けを、日光連山を見ながら、姉と3人で手をつないで、
チェレビダッケバージョンのボレロを聴いた事は、あまりに美しい瞬間であったし、
父「準備はできたか?」
姉「まだみたいだよ」と言うと父は「あと3秒!あと2秒しかない」と言って、そして眠りに入ってしまった。


と、ここまでは美しい話だった。


私たち三姉妹と母は、
眠りに入っている状態でも耳は聞こえてると聞いたので、ベッドの上に一緒にのっかって、寝そべりながら、
彼の好きな歌メドレーを歌っていた。
うちの家族は全員「栃木県立宇都宮中央女子高校」という女子高の卒業生なのだが、父も若かりし頃、
その学校の世界史の教師であった。

「ぢゃあ、みんなで校歌を歌おうよ」と歌っていると、
母「この作者の名前知ってるかい?神保光太郎」って言うんだよ。」
三姉妹「それがどうしたの?」
母「パパも言ってたけどね、みんな「チンポコ太郎チンポコ太郎」って言ってたのっ!」
三姉妹「ギャハハハハハハハハハハハっしかも歌詞の中に{
未来の世紀→性器(だったかな?爆!)}だって〜ウケル〜っ」


と、下品な下ネタ話題で大爆笑していると、
いきなり妹が

「ちょっとっ!お父さん息が止まってる!!」
全員「きゃーーー!」
大慌てで看護婦さんをよんで酸素マスクの酸素濃度をあげる。



父・復活。

今思えば、父も案外下ネタ好きだったので、きっとおかしすぎて苦しくて息が止まってしまったんだと思う。

かわいそうなお父さん。
笑いたいのに笑えない苦しさで息が止まっちゃったのかも・・・。

・・と、父の修行は臨終間際までつづくのであった。
この三姉妹と母によって。


(えーんかそりでっ!!) 
 
                          つづく




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