2006年1月9日の徒然な日々
「看取り トリロジー Episode2」



しかし彼は数秒間、意識を取り戻した。
父の意識が久しぶりにわたしたちのもとへ戻ってきた。
あたしは一生懸命起きようとする父を起こした。

焦点の定まらない目を一生けん命あわせわたしたちを確認する。
家族ヒトリずつとキスをし、最後の別れの挨拶「愛してるよ!だいじょうぶだよ!見てるよ!
一緒にいるよ」を私たちは連呼した。
父という人格の意識を持った人に会えるのはきっと最後なんだってみんなきっとわかっていた。
だからみんなせいいっぱいの笑顔で。
そしてまた眠りに入った。
それが父への最後の挨拶。

それから数日後の夕方、先生にいよいよだと言われた。

妹に電話して「お父さんが一番好きだったお酒を買ってきて!スプレーボトルも!」
まずはビールをボトルに入れて父の口内にシュッ。そして焼酎をシュッ。
みんなで乾杯!
父と最期の盃だ。


そこからが今夜が山田(爆)看取りフェス開催だった。
一睡もせず一晩がすぎて午後3時をまわった頃だった。


父の息が止まった。
三姉妹「おどうざーーんっ!!(号泣)」
母「パパッしっかり!みんなパパの周りで・・(うんたらかんたら語り)」←元演劇部・主演女優賞なので
少々演劇のくさいセリフ調になっている。


父・息を吹き返す。
みんなホッとしながらぐったりしながら緊張感。

数分後また息が止まった!
三姉妹「おどうざーーんっ!!(泣)」
母「パパッしっかりして!(+セリフ)」

父・復活。
息切れなわたしたち。・・・・・すると突然母が
「あ!!!パパが泣いてるっ!」

そしてまた息が止まった!
・・・その時、かをり姉はエラかった。
父の頭をなでながら
「しーっ!みんな静かに。・・・もう逝かせてあげよう。」

わたしたちはサトった。
そうだよ、こんなに回りで騒いでたんぢゃ逝きたくっても行けないよ。
ようやく、ホスピスにいることの意味をはじめて完全に理解した。
きっとそのままわたしたちがずっとギャーギャー言ってたら、いくらでも父は復活しただろう。

そして静かに息をひきとった。

私はもれなくダレにも気付かれず父の涙をふきとった。
そのティッシュは今でも保管してある。
(父マニアへの道のはじまりだったとはお釈迦様でも思うまい。)

こういった病の場合の看取りの瞬間というのはとっても曖昧な時間なのだということを知ったのであった。

                                                つづく


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